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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)6582号 判決 1973年11月16日

原告

安田さえ

被告

医療法人聖愛会

主文

被告は原告に対し八二万三九一〇円及びこれに対する昭和四七年八月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、その1/3を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決の主文第1、第3項は仮執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告「被告は原告に対し一三七万四一〇〇円及びこれに対する昭和四七年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行宣言

被告「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決

第二原告の主張

(請求の原因)

一  被告の理事である方波見勇(以下勇という)は、昭和四五年八月一四日午後一時一五分頃、被告所有の乗用自動車(品川五一ま四一四六、以下被告車という)を運転して、東京都中央区日本橋通り一の一先首都高速道路を新宿方向に進行中、その前方道路左端路肩一ぱいに、故障車の表示をして停車修理中の軽乗用自動車(八足立き九五九七、以下原告車という)に追突し、原告車助手席に乗車していた原告に頭部打撲症、頸椎挫傷等の傷害を与えた。

二  被告車の所有者であり運行供用者である被告は、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故による原告の損害を賠償すべき義務がある。

三  原告の損害額は次のとおりである。

(一) 医療費 三三万八、三一〇円

1 医療法人社団三和会中央病院分 一万六、九〇〇円

2 笹岡医院分 三一万〇、三一〇円

3 東京慈恵会医科大学(以下慈恵医大という)付属病院分七、九〇〇円

4 慈恵医大付属病院青戸分院分 三、二〇〇円

(二) 付添看護費 二万円

昭和四五年八月一五日から同月二四日まで一〇日間、一日当り二、〇〇〇円

(三) 入院時雑費 一万〇、五〇〇円

入院期間昭和四五年八月一五日から同年九月一八日まで三五日間、一日当り三〇〇円

(四) 通院交通費 七万五、九四〇円

1 笹岡医院通院分タクシー代 二万九、一二〇円

昭和四五年八月一五日から四六年一〇月一六日までの間の通院日数一一二日、一回往復二六〇円

2 慈恵医大本院通院分タクシー代 四万二、七二〇円

昭和四五年九月一七日から昭和四六年九月二日までの通院日数二四日分、一回往復一、七八〇円

3 慈恵医大青戸分院通院分タクシー代 四、一〇〇円

昭和四五年一一月五日から昭和四六年九月六日までの通院日数五日分、一回往復八二〇円

(五) 逸失利益 五二万九、三五〇円

原告は本件負傷による入・通院治療のため、それまで勤務していたサンポール株式会社を事故以来欠勤し、次の得べかりし利益を失つた。

1 四三万二、〇〇〇円(給料分)

事故による欠勤のため原告は昭和四五年一〇月分から昭和四六年七月分までの給与を喪失した。欠勤以前平均給与は月四万円であつたが、昭和四六年四月には本件事故による欠勤がなければ四万八、〇〇〇円に昇給していたものである。その計算により昭和四五年一〇月から昭和四六年三月分まで一ケ月四万円宛、同年四月から同年七月まで一ケ月四万八、〇〇〇円宛

2 九万七、三五〇円(賞与分)

(イ) 昭和四五年一二月期賞与減額分二万五、三五〇円

(ロ) 昭和四六年六月期賞与喪失分七万二、〇〇〇円

(六) 慰藉料 八〇万円

原告は本件事故による受傷のため昭和四五年八月一五日から同年九月一八日まで入院三五日を要し、かつ退院後も翌四六年一〇月一六日まで通院治療を要した。最終的には後遺症なしと診断結果が出たが原告は本件受傷のため筆舌しがたい苦痛を味わい、勤務先サンポール株式会社の職をも失ない将来に対する不安も大きく精神的損害は甚大である。

(七) 弁護士費用 一〇万円

(八) 以上の合計は一、八七万四、一〇〇円となるが、原告は自賠責保険の被害者請求により賠償金として五〇万円の支払いを受けたので、損害賠償残額は一三七万四、一〇〇円となる。

四  以上の次第で、原告は被告に対し、一三七万四一〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四七年八月二八日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の抗弁について)

五 被告主張二、三の事実は争う。

第三被告の主張

一  請求原因事実はすべて争う。

二  責任について

(一)  勇は登記上昭和四一年八月二五日以降被告の理事である。

しかし、被告は、方波見誠(以下誠という)が院長として経営し実権を把握しているものであつて、その余の理事として登記されているものは、勇(誠の異母弟)を含め、いずれも誠の親族であり、法人の形式を整えているに過ぎない。これらの理事は、いずれも理事としての活動をしていないし、報酬その他の金銭の給付も受けていない。

(二)  被告車は形式上被告の所有名義となつている。

しかし、実質上同車は勇の所有である。

勇がこれを自ら購入し、代金を支払い、専ら自己のために利用し、運行費用を支弁していたもので、被告が同車を使用することはなかつた。

勇は資産状態が悪く、同人が自動車販売業者から自己名義で自動車を月賦で買うことは困難であつた。そこで、勇の頼みにより、充分な信用のある被告が形式上買主となつた。

被告は、名義使用を勇に許したとはいえ、同車の運行を支配し、運行利益を享受しているものではない。

(三)  本件事故があつたとして、その際勇が被告車をいかなる用務のため運行していたにしても、被告とはなんら関わりがない。

三  過失相殺

被告に本件事故による損害賠償の義務がある場合、

原告車は、高速道路上、しかも見とおしの悪いカーブの場所で、道路左端との間を約一メートルあけて駐車し、故障駐車の合図、標識を表示していなかつた。

これは原告車の運転者安田明(原告の夫)が故障のため路上駐車するときの注意義務、すなわち、他の交通を妨げないようにすること、また危険防止のため必要な措置をとることを怠つたものであるから、損害の発生拡大について原告側に過失があるとして賠償につき斟酌されるべきである。

第四証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

〔証拠略〕によれば、原告主張の日時場所において勇の運転する被告車が新宿方向に進行中、駐車していた原告車に追突し、同車を転覆させ、助手席にいた原告を受傷させたことを認めることができる。

二  運行供用者責任

〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告は、医師である誠が茨城県行方郡において開設し自ら管理する病院等を、昭和二八年法人組織としたものであつて、終始その実権は誠に属し、役員は誠のほかその一族が名を連らねているものの、実質においては、被告の重要事項は専ら誠の意のとおり決せられている。

2  被告は、昭和二八年頃東京都大田区に、前記病院(本院)の分院ともいうべき診療所・東京堂医院を開設し、昭和四三年(あるいは四四年)一二月にこれを廃止した。

右廃止の頃右診療所の家屋等は売却され、被告あるいは誠において同区内にアパート三区画を借り、当時右診療所内に居住していた勇、誠の子ら、同診療所の看護婦等がこれに移転し、同所において右診療所の残務整理がなされた。

右診療所は、経理面においては、右本院に対しかなりの独立性を有しており、資金に窮して勇がこれを立替支弁していたこともある。

3  勇は、誠の弟であつて、被告設立当初の監事であり、東京堂医院開設に際し、その事務長に選ばれ、その廃止に至るまで引続きその地位にあり、同医院に関する日常業務一切を掌理しており、その廃止後もその残務処理にたずさわつた。また、勇は昭和四一年八月被告の理事に就任し、現在に至つている。

4  被告車は、昭和四三年頃、勇が右医院の事務長に在任中、勇が誠の承諾を得て、被告の名で割賦購入し、その後、勇個人の私的用務、被告本来の用務や誠の一族の私的用務に使用されてきた。

同車の購入代金や経常費用は、被告(東京堂医院関係)の資金や勇個人のそれによつた。なお、本件事故後、同車は勇が一存でこれを売却し、残債務等に充てている。

事故当時は、勇が被告車を運転し、その姉(誠からみれば姉又は妹)を迎えに行く途中である。

これらの事実に基いて、次のとおり考えることができる。

被告は、その代表者である誠の個人ないしその一族と同視されるべき実態にあること

勇は誠の弟であつて、東京堂医院の廃止に至るまでは、その事務長(被告理事)として広汎な職務権限を有するものであり、その廃止後もなお残務処理等につき権限を有したこと(右医院廃止後の勇の地位をどのように見ても、被告と密接なつながりのあることは到底否定できない。)。

被告車は、勇が自己の所有として、被告に名義を借りて購入したもの(本件事故後、勇がこれを独断で処分したことも、勇の右地位権限や東京堂医院の経理面の独立性に鑑みると、勇の所有とみるべき根拠となるものではない。)というよりは、勇が右立場において、名義実質とも被告の所有として購入したものというべきであつて、被告所有車両として、その本来の業務やこれに準ずる勇ら被告代表者誠一族の私用に使用されていたこと

したがつて、被告は、被告車が前述のとおり購入されて以来自己のためにこれを運行の用に供するものということができ、事故時にあつてもなお、運行支配、運行利益が被告から離脱したものといえない。

(事故時の具体的運行も被告と関連がないわけでない。)

よつて、被告は、自賠法三条本文によつて、本件事故により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

三  事故の態様

〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

1  事故発生場所は、幅約八メートルの自動車専用道路である。事故地点は手前(被告車進行方向による)約二〇〇メートルがほぼ直線であつて、見とおしが可能である。

2  原告車は、右道路を走行中、突然のエンジン停止のため、同所に車両右端で道路左端から約一・九メートルの位置に右道路に沿つて駐車し、運転者安田明(原告の夫)がけん引を求めて近くの料金所に赴く間の少時間に本件事故が発生した。

3  勇は、被告車を運転して約五〇キロメートル毎時で走行中、考えごとをしながら運転し、前方注視が十分でなかつたため、約三六メートル手前に迫つて、はじめて原告車に気付き、しかも、同車が低速で走行中と即断し、漫然そのまま進行を続け、至近距離に近づいて同車が停止しているのにはじめて気付いたが及ばず、追突するに至つた。

以上の事実によると、被告車運転者勇に同車の運行につき過失があり、そのため本件事故に至つたことは否定できない。

ところで、被告は原告車が〈1〉高速道路上の見とおしの悪いカーブの場所に、道路左端との間を必要以上にあけて駐車し、〈2〉故障駐車の合図、標識を表示していなかつたと主張するが、〈1〉については前記1、2に述べたとおりこれを認めることができず、〈2〉については右主張に副う証人方波見勇の証言が存するが、右証言は、〔証拠略〕と対比し措信できず、その他被告の右主張を裏付けるような証拠はない。

よつて、原告車が同所に駐車したこと及び駐車後の処置について、過失相殺を相当とする程度の落度があつたとするに足る証拠はなく、被告の過失相殺の主張は採用しない。

四  傷害

〔証拠略〕によれば、

原告は、右事故により、頭部打撲症、脳内出血(軽度)、頸椎挫傷、胸・腹部打撲挫傷・内出血、腰部・両下肢打撲傷の傷害を受け、その主張のとおり各医療機関に入院又は通院して治療を受け(但し、三和会中央病院は受傷当日だけ、笹岡医院の通院実日数は八三日を超える分につき証拠がない。)、当初脳内出血につながると思われる種々の症状もあり絶対安静(要付添看護)の状態が一〇日位続き、その後経過は概ね良好であつたが、頭痛、焦燥感、心気念慮等の症状が頑固に持続し、昭和四六年後半にあつてもなお脳波に異常所見があつたことを認めることができる。

五  損害額

(一)  医療費 三二万〇〇六〇円

1  三和会中央病院分

〔証拠略〕によれば、原告主張の金額を要したことを認めることができるところ、〔証拠略〕によれば、勇がこれを負担支出したことを認めることができ、もはや原告の損害と認めることができない。

2  笹岡医院分 三〇万八九六〇円

〔証拠略〕によれば、右金額の治療費(診断書料を含む)を支払いあるいは、治療を受けることにより支払義務を負つたことが認められるが、右金額を越える分については証拠がない。

3  慈恵医大(本院)分 七九〇〇円

〔証拠略〕により認める。

4  同青戸分院分 三二〇〇円

〔証拠略〕により認める。

(二)  付添看護費 一万七〇〇〇円

原告主張の期間、付添看護を要する状態にあつたことは前記のとおりであつて、〔証拠略〕によれば、右期間原告の母佐藤喜久江が自己の勤務を休んで付添看護に当つたことが認められ、これに基く損害を右金額にみるのが相当である。

(三)  入院雑費 一万〇五〇〇円

原告がその主張の期間入院を要したことは前述のとおりであつて、その間の症状等に鑑み、右金額を下らない雑費の支出を要したと推認することができる。

(四)  通院交通費 四万円

原告がその主張の医療機関にその主張の回数(但し、笹岡医院につき八三日)通院したことは前述のとおりであつて、〔証拠略〕によれば、原告は右通院に概ねタクシーを用いたこと、一回のタクシー賃は概ねその主張の程度であることを認めることができるが、前記症状に鑑み、タクシー利用の必要の範囲を勘案して、右金額を相当損害と認める。

(五)  逸失利益 三六万一三五〇円

〔証拠略〕によれば、原告は、かねてサンポール株式会社に勤務し、給料月額四万円の支給を受け、通常に勤務すれば昭和四六年四月以降同四万八〇〇〇円の支給を受けることとなつていたこと、事故以後同会社を欠勤し、昭和四六年七月限り退職したこと、右欠勤により昭和四五年一〇月以降の給料を受けず、賞与も後記のとおり減額されたことを認めることができる。ところで、原告本人尋問の結果によれば、原告が昭和四六年一二月出産、翌年一月転居した事実を認めることができ、この事実と前記症状からすれば、事故による受傷の結果として、就労不能であつたのは、昭和四六年四月末までとみるのを相当とする。そこで右期間の欠勤を前提として賃金喪失額を算定すると。

1  毎月の給料分 二八万八〇〇〇円

昭和四五年一〇月から昭和四六年三月まで毎月四万円、同年四月―四万八〇〇〇円

2  昭和四五年一二月賞与分 二万五三五〇円

〔証拠略〕によれば、通常支給されるべき金額が七万〇二〇〇円を下らず、現実に支給された額が四万四八五〇円であることが認められ、右減額は本件事故による受傷のための欠勤によるものということができる。

3  昭和四六年六月賞与分 四万八〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、通常支給されるべき額は給料月額の一・五倍にあたる七万二、〇〇〇円であつて、昭和四六年四月まで全欠勤の場合すくなくともその六分の四を減ぜられるものとみることができる。

(六)  慰藉料 五〇万円

前述した本件事故による傷害の程度、治療経過等に鑑み、右金額を相当とする。

(七)  弁護士費用 七万五〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、被告は原告に対し本件損害賠償金支払の意思がないこと、原告は弁護士である本件訴訟代理人に訴訟の提起追行を委任するほかはなかつたこと、原告は右弁護士に対し費用等として一〇万円を下らない金額を、支払いあるいは支払を約していることを認めるべきところ、本件訴訟の経緯や認容額等に鑑み、訴状送達日の現価において右金額が本件事故と相当因果関係に立つ損害とみるのが相当である。

(八)  以上合計 一三二万三九一〇円

(九)  原告が自賠責保険の被害者請求により五〇万円の支払いを受けたことはその自認するところである。

よつて損害賠償の差引残額は八二万三九一〇円となる。

六  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し損害賠償として八二万三九一〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年八月二八日以降支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があり、その余は失当である。そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨)

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